声のふしぎ
世界にひとつだけの声
みなさんは、よくお友だちのうしろからそっと近づき、パッと目かくしをして「だーれだ!?」という遊びをしたことがありませんか?そんなとき、たいてい声で「○○ちゃん!」とわかってしまいますよね。かかってきた電話の声を聴いただけで、すぐ「あ、お父さん?」とわかることもありませんか?声は、顔と同じように一人一人ちがうだけでなく、「その人らしさ」をとてもよく表わしてしまうものなのです。おとなの声とこどもの声、若者の声とお年よりの声、女の人の声と男の人の声、これらはそれぞれちがって聞こえます。それは、体の大きさ-むずかしくいうと、骨格や筋肉のつき方によって、声の出し方がまるで変わってしまうからです。体がこどもからおとなに変わっていくとき、男の子も女の子も、自分の声が今までとはちがう声になったなと感じることがあります。それを「変声期」といいます。変化が大きい人と小さい人の差はありますが、この変声期をむかえるとき、おそらくみなさんは、声が体と結びついているということを実感するのではないでしょうか。よく「声は、体という楽器から出てくる音だ」と言われるのは、そういう意味なのですね。しかも、一人一人それぞれちがう楽器。みなさんの体が世界にひとつしかないように、みなさんの声も、世界にひとつだけ、みなさんだけが持っている、大切な声なのです。
男の人だから低い声、女の人だから高い声、と決まっているわけでもありません。男の人も女の人も、とても低い声の人もいれば、高い声の人もいるし、細い声の人、太い声の人、小さい声の人、大きい声の人……と、さまざまです。もし、自分の声がほかの人とちがっていると思う人がいたら、それは、あなたが一人しかいない、とくべつな存在だからなのです。
声を出す「のど」の部分は、体の中でもとてもデリケートなところ。ほこりや乾燥は大敵です。みなさんも、かぜをひいたときや、朝まだ体が半分ねむっているようなとき-つまり、のどの調子のわるいときには、いつもとちがう変な声になってしまったりしますね。歌手の人たちは、そんなことがあったら大変。楽器の奏者が、いつも楽器の手入れをするように、歌手の人たちものどを守るために、いろいろな工夫をしているんですよ。
声は心を表す
さて、声といえば、もうひとつ「不思議だなー」と思うことがあります。「ただいまー!」と学校から元気よく帰ったあなた。お母さんの「おかえり-!」という声もはずんでいるようだったら、よーし、おいしいおやつがありそうだと思うでしょう?けれども、もしその「おかえり」が怒っているような感じだったら、しまった、かくしておいたテストが見つかっちゃったかなと思いませんか?また、テレビでドラマを見ているとき、悲しい場面で、心からふりしぼるようにせりふを言っている俳優さんの声を聴いていると、なんだか自分も悲しく、苦しい気持ちになってくることがありませんか?町で、小さな子がころんでけがをして、目に涙をいっぱいためて「いたいよう」と泣きさけんでいるのを聴くと、自分もどこかにけがをしたような気持ちになることはありませんか?
それは、声が、人間の体だけでなく、心とも強く結びついているというしょうこなのです。私たちは、声を使って、いま自分がどんな気持ちでいるのかを人につたえます。そして不思議なことに、その気持ちがつたわると、相手にもしぜんに何か感情がわきおこってくるのです。悲しいとき、こわいとき、声がふるえるのは「わたしはこわい。たすけてください。」ということをつたえています。陽気で楽しい声は、「わたしはいま幸せです。わたしといっしょによろこんでください」と言っています。好きな人に話しかけるときに、声がいつもとちがった感じになってしまうのは、「わたしはあなたをとくべつな人だと思っています」という意味なのです。わたしたちは、毎日の生活のなかで、そうして言葉にすることのできない、いろいろな気持ちを人につたえているのです。俳優さんたちが演技をするとき、そして歌手が歌うときも、声のそうした性質をじょうずに生かして、いろいろな感情を表現しているのです。
歌う声
ところで、みなさんがふつうにしゃべる声と、歌手の人たちの歌う声とは、どこかちがうと思いませんか。歌手の人たちの歌声は、とてもはっきりとして、ゆたかな響きを持っているだけでなく、高い音から低い音まで自由に出しています。声の大きさも、ふつうの人の話し声よりずっと大きい。それに、しんじられないくらい長く音をのばして歌うことができます。どこにそんなたくさんの空気が入っているのかな?と、びっくりしてしまいますよね。-それは、声楽家とよばれる歌手の人たちが、声を出すためのとくべつな訓練をしているからなのです。すいこんだ息を、すこしもむだにしないで音に変える方法を身につけているからなのです。ですから、大きなホールのなかで、たくさんのオーケストラの楽器が鳴っているのに、歌手の人は、マイクを使わなくてもホールのすみまで聴こえるように歌うことができます。歌うための専門的な訓練はいろいろな方法(発声法)がありますが、重要なのは、歌手の人たち一人一人が生まれつき持っている声のとくちょうを生かして、その人にもっとも合った声が出るようにすることです。高い声か低い声かはもちろんですが、軽やかな声か、深くゆたかに響く声か、するどい声か、やわらかい声か…といった「音色」も大切です。それによって、歌手の人たちは、自分の歌うレパートリー(曲目)を決めていきます。ですからおなじクラシックの歌手でも、声の持ち味によって、オペラむきの人もいれば、歌曲を歌う方がむいている人もいます。また音楽のスタイルにあわせて、19世紀や20世紀の作品を歌うのがとくいな人もいれば、18世紀よりまえ、時には15世紀や16世紀の時代の音楽(古楽)を歌うのにむいている声の人もいます。歌手自身の好みもありますが、オペラも歌曲も歌える人、昔の音楽も現代の音楽もとくいな人もすくなくありません。(もちろん、クラシックよりポップスやジャズにむいた声の人もいて、それはその人の声の個性によります。)
声の高さ、種類のいろいろ
クラシックのレパートリーは、声の高さと音色で、だいたい大きく四つの声の種類-「ソプラノ」「アルト」「テノール」「バス」にわかれています。そのレパートリーにしたがって、歌手の人をそれぞれの名前でよんでいるのがふつうです。みなさんも、合唱をするときなどには、この四つのパートに分かれて歌っているかもしれませんね。いちばん高いのが「ソプラノ」。オペラでは、プッチーニの『蝶々夫人』の蝶々さん役など、主役の女性の多くがこの声です。モーツァルトの『魔笛』の夜の女王役のように、とても速くてたくさんの動きのあるメロディーを歌う、「コロラトゥー ラ・ソプラノ」の人もいます。変声期まえの男の子のなかには「ボーイ・ソプラノ」の人もいますね。それから現在ではもういなくなってしまいましたが、昔は「カストラート」とよばれる、とくべつに美しい声の男性ソプラノもいて、女性が歌うことをゆるされなかった教会の音楽やオペラで大活躍しました。
ソプラノより低いのが「アルト」。ふつうは女の人の低い声ですが、男性のアルトの人もいます(「カウンターテナー」とよばれることもあります。)また、ソプラノとアルトのまんなかくらいの高さの声を「メゾ・ソプラノ」ということもあります。オペラでは、ビゼーの『カルメン』の主役カルメンなど、ちょっと個性的な女の人の役を歌います。
「テノール」は、ふつうは男性の一番高い声。オペラでは、『カルメン』のドン・ホセやヴェルディの『アイーダ』のラダメスなど、主役のかっこいい人が多い(ほんとかな?)です。
そして「バス」は、男性の低い声のこと。バスとテノールのあいだくらいの高さの声は、「バリトン」とよばれます。おごそかな役から、きょうのプログラムにあるモーツァルトの『魔笛』のパパゲーノのように、ちょっとおどけた陽気な役もあります。
それぞれの声のとくちょうを楽しみながら、オペラや、合唱や、歌曲など、たくさんの歌を聴いてみてください!