プログラムノート

第91回 2024年9月8日(日)『管楽器のエポック』

バークレイズ証券株式会社 特別協賛
東京交響楽団&サントリーホール

「こども定期演奏会」
音楽は時代に乗って
第91回 「管楽器のエポック」 
2024年9月8日(日)11:00開演
サントリーホール 大ホール

「こども定期演奏会 2024」テーマ曲(山本菜摘 編曲)
小橋愛菜:『とびはねるシマエナガ』
Aina Kobashi (arr. Natsumi Yamamoto): Theme Music of “Subscription Concert for Children”

ガブリエリ:『サクラ・シンフォニア』より「第7旋法による8声のカンツォン」
Giovanni Gabrieli: “Canzon septimi toni à 8” from Sacrae symphoniae

グノー:9つの管楽器のための『小交響曲』変ロ長調 より 第1楽章
Charles-François Gounod: Petite symphonie in B-flat Major for 9 Wind Instruments
I. Adagio-Allegretto

ドビュッシー:アルト・サクソフォーンと管弦楽のための狂詩曲 *
Claude Debussy: Rhapsody for Alto Saxophone and Orchestra

コダーイ:組曲『ハーリ・ヤーノシュ』より 第4曲「戦争とナポレオンの敗北」
Zoltán Kodály: No. 4 “Battle and Defeat of Napoleon” from Háry János Suite

ベルリオーズ:『幻想交響曲』作品14 より 第5楽章「魔女の夜宴の夢」
Hector Berlioz: Symphonie fantastique, Op. 14
V. “Songe d’un Nuit du Sabbat”

指揮:下野竜也
Tatsuya Shimono, Conductor

サクソフォーン:上野耕平 *
Kohei Ueno, Saxophone

東京交響楽団
Tokyo Symphony Orchestra

司会:坪井直樹(テレビ朝日アナウンサー)
Naoki Tsuboi, MC (Announcer of TV Asahi)


プログラム・ノート
「こども定期演奏会 2024」テーマ曲
小橋愛菜:『とびはねるシマエナガ』


小橋愛菜さん(小学5年生)からのコメント
 真っ白なかわいいシマエナガが少しずつ成長していく姿を思いうかべて、この『とびはねるシマエナガ』を作曲しました。
 最初は2匹のシマエナガが枝の上で楽しく遊びながら飛び跳ねているところから始まります。次は、羽ばたこうとしているけれどきちんと飛べずに、よちよちしている感じを表しました。最後は、ほかのシマエナガも集まって来て、みんなで一生懸命羽ばたいて、遠くに向かおうとしている様子を表現しました。
 シマエナガのかわいい姿を想像して楽しい気持ちになってもらえたらうれしいです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

 本日のコンサートのテーマは「管楽器のエポック」です。管楽器とは、中が空洞になっている管に空気を送り込み、震わせて音を鳴らす楽器です。
 オーケストラではさまざまな木管楽器と金管楽器が活躍します(10ページのコラムでも、楽器の分類や特徴についてご紹介します)。今日はそうした様々な管楽器の音色に注目してみましょう。

グラス:
チェンバロ協奏曲 より 第3楽章

 最初はチェンバロの音色に耳を澄ませてみましょう。チェンバロはピアノが18世紀はじめに発明される300年ほども前から、ヨーロッパでずっと愛されてきた楽器です。鍵盤の先についている小さな爪で、弦をはじいて音を鳴らします。
 チェンバロはピアノが広まるにつれ、ほとんど作られなくなった時代もありました。しかし現在では、昔の音楽を演奏するときにはチェンバロが活躍し、新しい楽器を作る工房も生まれています。さらに、現代の作曲家が、チェンバロのための新しい音楽を作ることもあります。
 フィリップ・グラス(1937~ )はアメリカの代表的な作曲家の一人です。彼は2002年に、とある室内オーケストラから、チェンバロとオーケストラのための曲を作ってほしいと頼まれました。グラスはもともとチェンバロという楽器や、古い時代の音楽にとても興味があったので、そのリクエストにこたえ、このチェンバロ協奏曲を作りました。曲は3つの楽章で作られていますが、今日は生き生きと快活に進んでいく第3楽章を演奏します。

ガブリエリ:
『サクラ・シンフォニア』より「第7旋法による8声のカンツォン」

 まずは、古い時代に作られた華やかな金管楽器の響きを聴きましょう。この曲を作ったのは、イタリアのジョヴァンニ・ガブリエリ(1554頃~1612)です。彼はヴェネツィアにあるサン・マルコ大聖堂という、11世紀に建てられた立派な教会でオルガニストとして活躍しました。
 この教会には大きな特徴があります。建物を真上から見ると十字形になっていて、縦と横の線がほとんど同じ長さとなっています。この教会の中で、聖歌隊が合唱したり器楽隊が合奏する時には、建物の前後や右左のグループに分かれて演奏し、音楽が広がって聞こえるように工夫されました。今でいう「ステレオサウンド」や「空間オーディオ」のハシリですね。「第7旋法による8声のカンツォン」は、2つのグループに分かれた金管楽器によって演奏されます。それぞれのグループは4パートに分かれているので、全8パート(=8声)で豊かなハーモニーを作ります。第7旋法とは、古い音階の名前です。

グノー:
9つの管楽器のための『小交響曲』変ロ長調 より 第1楽章

 続いては、木管楽器の音色にも耳を澄ませましょう。タイトルに「9つの管楽器」とあるとおり、フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2で演奏される小さな交響曲です。通常、この種の楽器の組み合わせは、「木管五重奏」と呼ばれます。ホルンは金管楽器の仲間ですが、昔からこの木管楽器のグループとともに使用されてきました。
 この曲はフランスの作曲家シャルル゠フランソワ・グノー(1818~93)による、1885年に初演された作品です。グノーはオペラ作曲家として名を馳せていた人でしたが、彼が67歳のときに、管楽器室内楽協会というグループから曲を書いてほしいと頼まれました。そこで書かれたのが、4つの楽章からなる『小交響曲』です。今日演奏される第1楽章は、ゆったりとした序奏に続いて、軽快な曲想となります。どこかほのぼのとした木管楽器の音色を生かした可愛らしい音楽です。

ドビュッシー:
アルト・サクソフォーンと管弦楽のための狂詩曲

 サクソフォーンは、ベルギーのアドルフ・サックス(1814~94)が1840年代に考え出した、比較的新しい管楽器です。フランスでは1855年にパリで開かれた万国博覧会でいち早くサクソフォーンが紹介され、パリ音楽院ではサクソフォーンが教えられるようになりました。また、マルセル・ミュール(1901~2001)というフランス人の優れたサクソフォーン奏者が活躍したこともあり、サクソフォーン音楽はフランスを中心に花開いていきました。
 フランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)が、『アルト・サクソフォーンと管弦楽のための狂詩曲』の作曲に取り組んだのは、20世紀に入ってからのことです。1901年~11年と、なんと10年にも及ぶ年月が費やされました。アメリカのボストン・オーケストラ・クラブから作曲を頼まれたドビュッシーは、当時あまりサクソフォーンという楽器のことをよく知らず、作曲に時間が掛かってしまったのです。オーケストラ用の楽譜をしっかりと完成させたのは、ジャン・ロジェ゠デュカス(1873~1954)という別の作曲家で、ドビュッシーが亡くなってからのことでした。
 曲はゆったりとした音楽がサクソフォーン・ソロで奏でられ、オーケストラが柔らかなハーモニーでそれを包み、広げていきます。やがてリズミカルで動きのある曲想となり、ドビュッシーが好んで取り入れていたスペイン音楽風の雰囲気も帯びていきます。

コダーイ:
組曲『ハーリ・ヤーノシュ』より 第4曲「戦争とナポレオンの敗北」

 組曲『ハーリ・ヤーノシュ』は、ハンガリーの作曲家ゾルターン・コダーイ(1882~1967)が劇音楽のために作った音楽から6曲を選び、1927年に組曲にまとめた作品です。ハーリ・ヤーノシュとは、劇の主人公の名前です。彼は、暴れ馬を見事に乗りこなしたとか、ナポレオンとの一騎討ちで勝ったとか、勇敢に戦った話を人々に語って聞かせますが、実はすべて農民である彼の作り話。組曲は、ハーリのファンタジックなストーリーを音楽で描いていきます。
 今日演奏される第4曲「戦争とナポレオンの敗北」は、ハーリとナポレオン軍との戦いの様子を、ピッコロ、アルト・サクソフォーン、トランペット、トロンボーン、テューバと打楽器で描いています。途中でフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」風のメロディーが登場し、曲の終わりは、ハーリに負けたナポレオン軍がすごすごと退散するような葬送行進曲となります。


ベルリオーズ:
『幻想交響曲』作品14 より 第5楽章「魔女の夜宴の夢」

 フランスの作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803~69)が1830年に作曲した『幻想交響曲』には、「ある芸術家の生活のエピソード」というサブタイトルが付いています。「ある芸術家」とは、ベルリオーズ自身のことです。彼はパリ音楽院の学生だった24歳の頃、イギリスの劇団のお芝居を観て、女優に恋をしてしまいました。叶わぬ恋の情熱を、ベルリオーズは作曲のエネルギーに変え、この『幻想交響曲』を書き上げたのです。
 芸術家は夢の中で、恋する人を殺してしまいます。その裁きを受ける様子を描いたのが、最後の楽章にあたる「魔女の夜宴の夢」です。夜宴とは、夜に開かれるパーティーのことです。芸術家を裁く魔女たちが、不気味なうめき声や笑い声を上げる様子が、オーケストラの様々な楽器で表現されます。印象的な鐘の音の後、ファゴットとテューバが中心となって奏でる「怒りの日」という古い聖歌のメロディーにも注目です。壮大なオーケストラの響きにより、この交響曲のクライマックスを迎えます。



コラム
管楽器のエポック~「木管」と「金管」の分け方

 オーケストラで活躍する主な管楽器は、「木管楽器」と「金管楽器」という2つのグループに大きく分かれます。それらを整理してみると、
木管楽器の仲間:フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、サクソフォーンなど
金管楽器の仲間:トランペット、トロンボーン、ホルン、テューバなど
となります。
 「木管」と「金管」の違いは、なんだかわかりますか? このように並べてみると、「木」でできた楽器が「木管楽器」、金属で作られている楽器が「金管楽器」かな?と想像されると思います(フルートは金属で作られているものが多いですが、もともとは木製でした)。しかし、この分け方にはもう少しややこしい理由があるのです。
 本日のコンサートで上野耕平さんが独奏するサクソフォーンという楽器。キラキラ輝く金属の楽器でしたね。ところがなんと、サクソフォーンは「木管楽器」に分類されるのです! どうしてなのでしょうか。
 「木管」と「金管」は、もともとは楽器を作っている素材に関係していましたが、楽器の歴史の研究が進められていく中で、材質による分類ではなく、音を鳴らす仕組みによって分類しようということになったのです。
 木管楽器は、管に開けられた穴(音孔と言います)を、開けたり閉じたりすることによって、音の高さを変える楽器を指すようになりました。みなさんもよく知るリコーダーの仕組みです。穴の開け閉めは、楽器に付けられたキーを指で操作して行います。サクソフォーンもそのようにして音を鳴らしています。
 金管楽器は、奏者が口を当てるマウスピースと呼ばれるパーツの中で、唇に圧力を加え、ブルブルと震わせることで発音する楽器です。トランペットやホルンなども奏者は指で楽器を操作していますが、管に開いた穴を開け閉めしているのではなく、ピストンと呼ばれるパーツを動かして、息が通る管の長さを変化させて音の高さを変えているのです。
 ちょっと意外(?)にも思えますが、楽器の素材ではなく、音の出し方がポイントなのです。

(文 飯田有抄)