プログラムノート

第90回 2024年7月14日(日)『鍵盤楽器のエポック』

バークレイズ証券株式会社 特別協賛
東京交響楽団&サントリーホール

「こども定期演奏会」
音楽は時代に乗って
第90回 「鍵盤楽器のエポック」 
2024年7月14日(日)11:00開演
サントリーホール 大ホール

「こども定期演奏会 2024」テーマ曲(山本菜摘 編曲)
小橋愛菜:『とびはねるシマエナガ』
Aina Kobashi (arr. Natsumi Yamamoto): Theme Music of “Subscription Concert for Children”

グラス:チェンバロ協奏曲 より 第3楽章
Philip Glass: Harpsichord Concerto
III. ♩=160

ラヴェル:『亡き王女のためのパヴァーヌ』(オーケストラ編曲版)
Maurice Ravel: Pavane pour une infante défunte (arr. for Orchestra)

チャイコフスキー:バレエ組曲『くるみ割り人形』作品71a より
「金平糖の精の踊り」
Pyotr Ilyich Tchaikovsky: “Dance of the Sugar Plum Fairy” from The Nutcracker Suite, Op. 71a

シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 より 第1楽章 *
Robert Schumann: Piano Concerto in A Minor, Op. 54
I. Allegro affettuoso

サン゠サーンス:交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」より
第2部(抜粋)**
Camille Saint-Saëns: Symphony No. 3 in C Minor, Op. 78, “Organ”
Part 2 (Excerpts)

指揮&チェンバロ:鈴木優人
Masato Suzuki, Conductor & Harpsichord

ピアノ:牛田智大 *
Tomoharu Ushida, Piano

オルガン:原田真侑 **
Mayu Harada, Organ

東京交響楽団
Tokyo Symphony Orchestra

司会:坪井直樹(テレビ朝日アナウンサー)
Naoki Tsuboi, MC (Announcer of TV Asahi)


プログラム・ノート
「こども定期演奏会 2024」テーマ曲
小橋愛菜:『とびはねるシマエナガ』


小橋愛菜さん(小学5年生)からのコメント
 真っ白なかわいいシマエナガが少しずつ成長していく姿を思いうかべて、この『とびはねるシマエナガ』を作曲しました。
 最初は2匹のシマエナガが枝の上で楽しく遊びながら飛び跳ねているところから始まります。次は、羽ばたこうとしているけれどきちんと飛べずに、よちよちしている感じを表しました。最後は、ほかのシマエナガも集まって来て、みんなで一生懸命羽ばたいて、遠くに向かおうとしている様子を表現しました。
 シマエナガのかわいい姿を想像して楽しい気持ちになってもらえたらうれしいです。

飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)

今日のコンサートは「鍵盤楽器のエポック」をテーマにお送りします。鍵盤のある楽器といえば、ピアノがすぐに思い浮かぶかもしれませんね。ほかにも、チェンバロやオルガンといった楽器も鍵盤楽器の仲間です。今日のコンサートでは、そんな鍵盤楽器の仲間たちが活躍します。

グラス:
チェンバロ協奏曲 より 第3楽章

 最初はチェンバロの音色に耳を澄ませてみましょう。チェンバロはピアノが18世紀はじめに発明される300年ほども前から、ヨーロッパでずっと愛されてきた楽器です。鍵盤の先についている小さな爪で、弦をはじいて音を鳴らします。
 チェンバロはピアノが広まるにつれ、ほとんど作られなくなった時代もありました。しかし現在では、昔の音楽を演奏するときにはチェンバロが活躍し、新しい楽器を作る工房も生まれています。さらに、現代の作曲家が、チェンバロのための新しい音楽を作ることもあります。
 フィリップ・グラス(1937~ )はアメリカの代表的な作曲家の一人です。彼は2002年に、とある室内オーケストラから、チェンバロとオーケストラのための曲を作ってほしいと頼まれました。グラスはもともとチェンバロという楽器や、古い時代の音楽にとても興味があったので、そのリクエストにこたえ、このチェンバロ協奏曲を作りました。曲は3つの楽章で作られていますが、今日は生き生きと快活に進んでいく第3楽章を演奏します。

ラヴェル:
『亡き王女のためのパヴァーヌ』(オーケストラ編曲版)

 クラシック音楽の作曲家には、ピアノ演奏を得意とし、ピアノで作曲した人がたくさんいます。フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)もその一人です。ラヴェルは「オーケストラの魔術師」と呼ばれるほど、さまざまな楽器を組み合わせてカラフルな音色を生み出す才能もありましたが、最初はピアノ曲として作って、あとからオーケストラ用にアレンジすることがよくありました。『亡き王女のためのパヴァーヌ』もそうした一曲です。まずは1899年にピアノ曲として作られ、1910年にオーケストラ用に編曲されました。
 「亡き王女」という言葉が印象的なタイトルは、ラヴェルが遠い昔のスペインのお城で王女が踊る姿をイメージして付けました。パヴァーヌとは、ヨーロッパで古くから踊られていた舞曲です。16世紀にはイタリアやフランスで流行し、貴族が舞踏室に入っていく時にゆったりと踊られていた舞曲です。

チャイコフスキー:
バレエ組曲『くるみ割り人形』作品71a より「金平糖の精の踊り」

 今度はチェレスタという楽器の登場です。小さなアップライトピアノのような形をしていますが、ピアノとは違って中に弦が張られているのではなく、鉄琴のように金属の板が並べられています。この楽器は1886年にフランスで誕生しました。
 チェレスタの音色を一躍有名にしたのは、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)が作ったバレエ音楽『くるみ割り人形』です。舞台はお菓子の妖精たちの夢の国。金平糖の精が踊る場面で、弦楽器が指で弦をはじく静かな伴奏に乗って、チェレスタがちょっぴり怪しい雰囲気で、キラキラとした魅力的な音楽を奏でます。

シューマン:
ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 より 第1楽章

 ドイツの作曲家ロベルト・シューマン(1810~56)は、数多くのピアノ曲の傑作を残しています。彼はお母さんの希望にこたえて、いったんは大学で法律を学び始めましたが、音楽への夢をあきらめきれず、有名な先生のもとで本格的なピアノの勉強を始めたのは遅く、すでに18歳になっていました。なんとか技術を身につけようと、無理な練習を続け、指のストレッチマシーンなどで手に負担をかけてしまいました。その結果、シューマンは右手の中指を痛め、ピアニストになる道を断念せねばなりませんでした。
 そんなシューマンに希望の光を与えてくれたのは、愛する妻クララでした。クララはシューマンのピアノの先生の娘で、一流ピアニストとして活躍していました。自分で演奏活動はできなくなったものの、シューマンは数々のすぐれたピアノ曲をクララのために作曲したのです。クララと結婚した翌年の1841年に、シューマンはこのピアノ協奏曲第1楽章の作曲に取り掛かりました。オーケストラが力強く和音を鳴らすと、すぐにピアノが高い音域から駆け下りるように和音を続けます。このドラマティックな序奏につづいて、オーボエがド-シ-ラ-ラ…というメロディーを奏でます。この音型は、クララの愛称を音名に置き換えたものです。ロマンティックで情熱的なこの協奏曲には、ピアノとクララに対するシューマンの愛情がたっぷりと込められています。

サン゠サーンス:
交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」より 第2部(抜粋)

 おしまいは「楽器の王様」とも呼ばれる鍵盤楽器、オルガンが立派に鳴り響く作品を聴いていただきましょう。たくさんのパイプに空気が送られて、さまざまな音色を出せる鍵盤楽器オルガンは、ヨーロッパでは昔から教会の中に設置され、キリスト教とともにその音楽の文化も育っていきました。
 フランスの作曲家カミーユ・サン゠サーンス(1835~1921)は、パリ音楽院で作曲のみならずオルガンも学んでおり、卒業後はオルガニストとして最高の地位とも言われるマドレーヌ教会の奏者をつとめ、オルガンの名演奏家としても知られていました。1886年、サン゠サーンスが51歳の年に作曲した交響曲第3番は、彼が得意としたオルガンを大々的に使っていることから「オルガン付き」という愛称で親しまれるようになりました。曲は二つの部分で成り立っていますが、本日演奏する第2部の後半はオルガンの華やかな和音の響きで始まります。オーケストラの勇壮な音楽に、4手(連弾)で弾かれるピアノも加わり、オルガンとの迫力に満ちたアンサンブルを聴かせます。
 サントリーホールのオルガンについては、11ページに詳しい解説があるので、そちらもじっくり読んでみてくださいね。


コラム
鍵盤楽器のエポック ~チェンバロ

 チェンバロとピアノは鍵盤楽器の仲間としてとてもよく知られています。姿形が少し似ていたり、中に弦が張られているところは同じですが、音を出す仕組みがぜんぜん違う楽器です。チェンバロの仕組みをかんたんにご紹介すると、奏者が鍵盤を押すと鍵盤の奥に立てられた「ジャック」という棒が上に動きます。ジャックの先には「プレクトラム」と呼ばれる小さな爪がついていて、その爪が弦を下から上へとはじきます。はじかれたことで、弦が鳴り響くのです。本日シューマンのピアノ協奏曲で登場する現代のピアノは、鍵盤の奥にフェルトが巻かれたハンマーが付いていて、そのハンマーが跳ね上がって弦を「打つ」ことで音が出ます。ピアノのハンマーは力強く鍵盤を押せば、力強く弦を打つことができ、やさしく押せば、やさしく打った音が出ます。チェンバロの場合も、奏者のタッチのスピードなどにより、ものすご~く繊細に音色の変化を与えることができますが、ピアノほどわかりやすく大胆に変えるのは不得意です。しかし、チェンバロには音色や強弱を変える別の仕組みがあります。楽器にはレバーなどが付いていて、それを操作することで、同じ高さの音でも、はじく位置のちがう弦を2本同時に鳴らしたり、1オクターブ高い音も加えたり、フェルトで弦を押さえて柔らかい音色で演奏できたりと、実はいろいろなことができるのです。2段の鍵盤をもつ楽器があったり、大屋根や内部にまで美しい絵が描かれていたりと、一台一台個性が違うのも、チェンバロという楽器の楽しく素敵なところ。音楽会などでチェンバロに出会ったら、それぞれの楽器がもつユニークな響きに耳を澄ませてくださいね。

(文 飯田有抄)