プログラムノート

第60回 2016年12月17日(土)「炎のハーモニー」

ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』から「火祭りの踊り」
モーツァルト:オペラ『魔笛』から 夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 から 第4楽章
チャイコフスキー:バレエ音楽『くるみ割り人形』から「行進曲」「花のワルツ」
スメタナ:連作交響詩『わが祖国』から 「モルダウ」
ストラヴィンスキー:バレエ組曲『火の鳥』(1919年版)抜粋

プログラムノート 飯田有抄(音楽ライター)

今年のこども定期演奏会のテーマは「音楽の情景」です。大地、風、水、炎といったさまざまな自然の情景を、オーケストラが音楽で描きます。今日は「炎のハーモニー」と題して、火をテーマにした作品や、燃えさかる炎のように激しい曲想の音楽をお届けしましょう。

ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』から「火祭りの踊り」

 最初に演奏されるのは、スペインの作曲家マヌエル・デ・ファリャ(1876〜1946)が作った曲です。
 みなさんはスペインという国がどこにあるか、知っていますか? ヨーロッパ大陸の西の方、フランスとポルトガルの間にある広い国です。バルセロナやマドリードという都市の名前は聞いたことがあるかもしれませんね。フラメンコという踊りを見たことはあるでしょうか? ギターやカスタネットに合わせて、情熱的に歌い踊られるフラメンコは、スペインの南部、アンダルシア地方というところで生まれました。
 そのアンダルシア地方に伝わってきた独特な音楽を、クラシック音楽と組み合わせて、スペインらしい作品を書き上げたのがファリャという作曲家です。ファリャは、若いころからピアノがとても上手な人でした。お隣の国、フランスのパリで音楽を勉強し、ドビュッシーやラヴェルといったフランスを代表する作曲家の音楽からも、たくさんのことを学びました。
 今日聴いていただく「火祭りの踊り」は、ファリャの作品のなかで、もっとも有名な曲です。もともとは『恋は魔術師』というバレエのために書かれた曲です。物語の舞台はアンダルシア地方。美しい女性カンデラスはハンサムなカルメロと恋をしますが、死んだ夫の幽霊が2人の恋の邪魔をします。「火祭りの踊り」は、カンデラスが悪魔払いの儀式をする場面の音楽です。メラメラと燃えさかる火の前で、カンデラスが激しく踊り続けます。
 今年はファリャが生まれてから140年、亡くなってから70年という記念の年。フィギュアスケートの浅田真央選手は今シーズン、ファリャのこのバレエ音楽の中から数曲をメドレーのようにつなげて使っています。「火祭りの踊り」もその最後に登場するので、皆さんも聴いたことがあるかもしれませんね。

モーツァルト:オペラ『魔笛』から 夜の女王のアリア
「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」

 つぎに聴いていただくのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜91)のオペラ『魔笛』の中の有名なアリアです。
 モーツァルトは35年という短い生涯の中で、完成させたオペラが18作以上もあるといわれています。18という数は、作曲家として決して多いわけではありません。今から200年以上も前の当時のヨーロッパでは(ゲームもテレビもスマートフォンもありません!)、オペラは人々にとって大切な楽しみの一つ。劇場ではいつもさまざまなオペラが上演されていたので、人気のオペラ作曲家は生涯に何十作ものオペラを作曲していたのです。でも、そうした多くのオペラは、時がたつと忘れ去られてしまいました。ところが、モーツァルトのオペラは今も変わらない人気です。歌手がたっぷりと歌って聴かせる「アリア」はキラキラと輝き、何人もの歌手の声をまるで楽器のように見事にあつかう「重唱」は迫力満点。時代を超えて人々に愛されつづけています。
 これから演奏される『魔笛』というオペラの中の「夜の女王のアリア」も、一度聴いたら忘れられないアリアです。ソプラノ歌手が、驚くほどの高い音域まで使って歌います。人間の声はこんなに高いところまで出るの?! とビックリするかもしれません。オペラの悪役・夜の女王が、自分の娘に敵を殺すようにと命じる場面のアリアです。復讐の心をメラメラと燃やしている激しさが、音楽にもよく表れています。
 『魔笛』は、モーツァルトが最後につくったオペラです。当時、仕事がなくて生活に困っていたモーツァルトが、シカネーダーという友人に頼まれて書いた作品です。モーツァルトは、自分の力を精一杯ふり絞ってこのオペラを書き上げます。台本はシカネーダーが作り、彼の歌劇団によって上演されました。大成功をおさめた初演の2ヶ月後、モーツァルトはこの世を去りました。

モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 から 第4楽章

 こども定期演奏会で、たびたび演奏されているモーツァルトの作品。みなさんは「モーツァルトの音楽」というと、どんなイメージをもっているでしょうか? きっと、明るい音楽を思い浮かべるかもしれませんね。たしかにモーツァルトの曲には、軽やかでキラキラとした明るい雰囲気の作品がとても多いです。モーツァルトは40曲以上もの交響曲を作りましたが、そのほとんどが明るい長調の作品です。
 でもその中で2曲だけ、悲しみや暗い雰囲気をたたえた、短調の交響曲を作っています。第25番と、今日演奏される第40番です(どちらもト短調)。有名な第1楽章も、今日演奏される第4楽章も、心の中に悲しみが次々と押しよせてくるような音楽です。じつは、この曲を書いた前の年(1787年)に、モーツァルトのお父さんが死んでしまい、作曲の1ヶ月前にはモーツァルトの幼い娘が、わずか半年の命で死んでしまいました。モーツァルトの抱えた悲しみが、ひょっとするとこの交響曲の中であふれ出ているのかもしれません。
 もちろん、音楽は必ずしも「長調だから明るい」「短調だから暗い」と言えるわけではありません。長調でも涙が出そうになるほど悲しい曲や、短調でも元気を奮い立たせてくれるような曲もあります。ですから、この曲についても感じ方はあなた次第。それで良いのです。今日の演奏を聴いて、あなたはどんな風に感じますか? 情景を思い描いてみましょう。
 ところで、交響曲第39番、40番、41番は、モーツァルトが残した最後の3つの交響曲で、「三大交響曲」と呼ばれています。この3曲は、モーツァルトが32歳の夏(1788年)に、なんと1ヶ月に1曲という、とてつもないスピードで書き上げられたことでも知られています。

チャイコフスキー:バレエ音楽『くるみ割り人形』から「行進曲」「花のワルツ」

 『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』という有名なバレエを知っていますか? 音楽を作ったのはロシアのピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840〜93)。『くるみ割り人形』はチャイコフスキーが最後に作ったバレエ音楽で、E. T. A. ホフマンという人の書いた童話『くるみ割り人形とねずみの王様』を原作としています。1892年に完成したこのバレエは、今も世界中の人々に愛され、クリスマスの時期によく上演されます。
 物語の舞台はドイツ、クリスマス・イヴの日。少女クララのお家では、大広間にすてきなクリスマスツリーが飾られています。次々とお客さんが集まってくる中、子どもたちが嬉しそうに家の中で踊っています。軽やかなファンファーレで始まる「行進曲」は、そんな場面の音楽です。
 つぎつぎと訪れるお客さんが、子どもたちにクリスマス・プレゼントを贈ります。少女クララがもらったのは、くるみ割り人形でした。そのくるみ割り人形は、夜になると王子さまに姿を変えて、クララをお菓子の国へと連れて行きます。そこではクララと王子さまを歓迎するパーティーが開かれるのです。
 「花のワルツ」は、クララと王子さまを迎えてくれた美しい金平糖の妖精たちが、可愛らしく踊る場面の音楽です。木管楽器とホルンがワルツのモチーフを提示し、ハープの序奏が響きます。弦楽器が3拍子を刻みはじめると、華やかなワルツが繰り広げられます。今日は、東京交響楽団と一緒に、こども奏者のみなさんも演奏に加わります。素敵な演奏になるように、応援してあげてくださいね。

ストラヴィンスキー:バレエ組曲『火の鳥』(1919年版)抜粋

 今日は最後にもう一つ、バレエのために書かれた音楽を聴いてもらいましょう。ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882〜1971)の『火の鳥』です。このバレエのお話は、ロシアに伝わる古い民話に基づいています。
 魔王カスチェイに捕われていたツァレヴナ王女は、イワン王子と出会って恋に落ちます。しかし、イワン王子もカスチェイの手下の怪物に捕らえられてしまいました。魔王カスチェイがイワン王子に悪い魔法をかけようとしたその時、火の鳥が姿を現します。かつてイワン王子が命を助けた火の鳥でした。今度は火の鳥が王子を助け、魔王カスチェイを滅ぼします。ツァレヴナ王女とイワン王子はめでたく結ばれるのでした。
 ストラヴィンスキーは、バレエのために作った音楽の中から何曲かを選んで、組曲にまとめました。今日演奏されるのは、1919年にまとめられた組曲です。火の鳥の踊り、魔王カスチェイの凶悪な踊り、子守歌からフィナーレと、さまざまな場面が描かれて行きます。なかでも魔王たちが踊る「凶悪な踊り」は、この作品のクライマックスといえる力強い音楽です。
 バレエは1910年にパリで上演され、大成功をおさめました。ストラヴィンスキーは当時28歳でしたが、この作品の成功がきっかけとなって、その後も大活躍することとなりました。