第59回 2016年9月10日(土)「流れる水のスタイル」
J. シュトラウスII世:ワルツ「美しく青きドナウ」
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 から 第3楽章
マスネ:タイスの瞑想曲
イヴァノヴィチ:ドナウ川のさざ波
スメタナ:連作交響詩『わが祖国』から 「モルダウ」
プログラムノート 飯田有抄(音楽ライター)
今年のこども定期演奏会のテーマは「音楽の情景」です。大地、風、水、炎といったさまざまな自然の情景を、オーケストラが音楽で描きます。今日は「流れる水のスタイル」と題して、水をテーマにした作品や、水のように美しく流れる曲をお届けしましょう。J. シュトラウスII世:ワルツ「美しく青きドナウ」
曲名にある「ドナウ」とは、ヨーロッパの南に流れる大きな川の名前です。ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、スイス、イタリアなど、たくさんの国々を通って黒海へと流れていく川です。音楽の都、オーストリアのウィーンも通ります。そのウィーンで大活躍していた音楽家に、このワルツの作曲者ヨハン・シュトラウスII世(1825~99)がいます。作曲した当時(1867年)、ウィーンの人たちは戦争で負けたばかりで元気をなくしていました。そんな人々を励まそうと、シュトラウスII世はドナウ川ほとりの水鳥や花、空の青さや川に映る月などを歌った合唱曲「美しく青きドナウ」を作りました。やがてオーケストラ用に編曲されると大人気となり、シュトラウスII世の最高傑作と言われるようになりました。オーストリアでは「第二の国歌」として愛されており、新年をお祝いするニューイヤーコンサートの定番曲としても親しまれています。
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 から 第3楽章
続いて聴いていただくのは、マックス・ブルッフ(1838~1920)という人の作品です。ブルッフの名前はあまり耳にしたことがないかもしれませんが、ドイツの有名な作曲家ブラームス(1833~97)と同じ頃に活躍していた作曲家です。ブルッフとブラームスの共通の友だちに、ヨーゼフ・ヨアヒムという素晴らしいヴァイオリニストがいました。ブラームスがヴァイオリン協奏曲(1878年)を作る時に、ヨアヒムは相談に乗ってあげたというお話がよく知られていますが、ブルッフがブラームスよりも先にこのヴァイオリン協奏曲第1番を書いた時にも、実はヨアヒムからいろいろとアドヴァイスを受けていたのでした。最初にこの曲を書き上げたのは1866年。ブルッフは出来映えに納得できず、友人ヨアヒムに相談をもちかけたのです。ようやく2年後に完成し、新バージョンのお披露目はブルッフの誕生日に行われ、作曲者自身が指揮をし、ヨアヒムがヴァイオリン独奏を務めました。
ブルッフは合唱曲やオーケストラ曲をたくさん残していますが、一番知られている作品がこのヴァイオリン協奏曲第1番です。今日演奏される第3楽章は、この協奏曲の最終楽章。重音で奏でられるヴァイオリンのモチーフが印象的で(ブラームスの協奏曲の第3楽章のモチーフと雰囲気が似ています。ひょっとするとブラームスに影響を与えたのかもしれません)、華やかなフィナーレとなっています。
マスネ:タイスの瞑想曲
心を静かに落ち着かせて、思いに集中することを「瞑想」といいます。ヴァイオリンがゆったりと歌うようにメロディーを奏でるこの曲は『タイスの瞑想曲』と呼ばれますが、もともとはフランスの作曲家ジュール・マスネ(1842~1912)が作ったオペラ『タイス』の中の一曲です。美しくも、快楽ばかりを求める女性タイスが、修道士アタナエルの教えに導かれて、神を愛する信仰心に目覚めていく様子を描いた曲です。まるで透明の水のように清らかな音楽に、じっくりと耳を傾けてください。イヴァノヴィチ:ドナウ川のさざ波
今日は一曲目に、ドナウ川にまつわる音楽を聴いていただきましたが、今度は同じくドナウをテーマとするルーマニアの作曲家による作品を聴いてみましょう。作曲者はヨシフ・イヴァノヴィチ(1845~1902)。先ほどの「美しく青きドナウ」を作ったオーストリアのJ.シュトラウスII世よりも20歳年下です。国も年齢も違うのに、同じ川をテーマとした音楽が作られるなんて、ドナウ川がヨーロッパの人々にどれだけ愛されているかが伝わりますね。
イヴァノヴィチは、ルーマニアの国軍軍楽隊総司令官という立場にあった人でした。軍楽隊のために行進曲やファンファーレなどを作ったほか、ルーマニア民謡にもとづいた音楽を作曲しています。しかし今では、その名は本日演奏される『ドナウ川のさざ波』(1880年)によってのみ知られています。この曲も優雅な3拍子のワルツです。ちょっぴり物悲しさを漂わせるメロディーで始まりますが、流れゆくさざ波のように、明るく優しい雰囲気のメロディーが次々と現れます。
スメタナ:連作交響詩『わが祖国』から 「モルダウ」
おしまいに、川をテーマとした名曲をもう一つ聴いていただきましょう。曲名「モルダウ」も、やはり川の名前です。モルダウ川は作曲者ベドジフ・スメタナ(1824~84)の故郷チェコを流れる一番長い川です。チェコを抜けるとドイツへと流れ、ドナウ川にもつながっています。冒頭でフルートが川の源の細い流れの様子を描きます。やがてクラリネットによる別の源流が加わって、次第に流れは太くなり、ゆったりと流れるテーマがオーボエとヴァイオリンによって歌われます。
ホルンが狩猟の合図を告げると、川は森の中へと進んで行きます。やがて遠くから、農民たちの婚礼の舞曲が聞こえてきます。楽しく飛び跳ねるような舞曲がひとしきり続いたあと、静かな夜となります。川面に月の光が照らされ、ハープの美しい響きと弦楽器の静かなメロディーが響くなか、フルートとクラリネットが水の精のように踊ります。
テーマが再び現れると、今度は急流に向かいます。激しい渦と水しぶきに姿を変えながら、川は猛烈な勢いで流れて行きます。金管楽器や打楽器が活躍する急流を抜けると、最後は勝利したかのように、晴れやかにテーマが再登場します。
この曲は全部で6曲からなる連作交響詩『わが祖国』の中の第2曲です。ちなみに他の曲は、プラハのお城や伝説の谷、ボヘミヤの森や山など、いずれもチェコの美しい景色を描いています。スメタナがこの曲を書いた当時(1874年)、チェコはオーストリア=ハンガリー帝国に支配されていました。オーストリア=ハンガリー帝国ではドイツ語が使われていたので、川もドイツ語で呼ばれていました。ですから、「モルダウ」とはドイツ語なのです。しかしこの作品は、スメタナが自国チェコへの愛を込めた曲なので、チェコ語の「ヴルタヴァ」で呼ぶのがふさわしいのではないかとも考えられています。現在ではこの名曲を「ヴルタヴァ」と呼ぶこともあります。