第57回 2016年4月9日(土)「大地のリズム」
斎藤 碧:「こども定期演奏会2016」 テーマ曲
『星の海の彼方へ』 (編曲:日下部進治)
E.シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」
J.シュトラウスII世:ポルカ「観光列車」
ロンビ:コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」から 第4楽章
久石 譲:Castle in the Sky『天空の城ラピュタ』より
チャイコフスキー:スラブ行進曲
「こども定期演奏会2016」テーマ曲
斎藤 碧: 『星の海の彼方へ』
斎藤 碧さん(東京大学教育学部附属中等教育学校 2年生)からのコメントぼくは将来NASAで宇宙船や探査機を作るのが夢です。この曲は、ぼくが作った宇宙船が、壮大でとてもきれいな宇宙を旅しているところを想像しながら書きました。そしてもしその宇宙船の中でこの曲が流れていたとしたら……。中に乗っている人たちが「もっと先を目指そう!がんばろう!」と思ってくれるような音楽になればいいなと思います。小学2年生の時から毎年楽しみに観てきた「こども定期演奏会」のテーマ曲を作曲することができてとてもうれしいです。
プログラムノート 飯田有抄(音楽ライター)
今年のこども定期演奏会のテーマは「音楽の情景」です。大地、風、水、炎といったさまざまな自然の情景を、オーケストラが描きます。今日は「大地のリズム」です。リズミカルな音楽に乗って、広々とした大地や空を想像してみましょう。E.シュトラウス:ポルカ「テープは切られた」
コンサートの前半は、列車の旅です。最初に聴いていただくのは、ポルカ「テープは切られた」です。この曲を作ったのは、音楽の都ウィーンで活躍したエドゥアルト・シュトラウス(1835〜1916)という人です。お父さんは、「ワルツの父」として有名なヨハン・シュトラウスI世(1804〜49)、そしてお兄さんは「ワルツの王」と呼ばれて、やはり大きな人気を誇っていたヨハン・シュトラウスII世(1825~99)です。エドゥアルトの曲の中でも、もっともよく知られるポルカ「テープは切られた」が書かれたのは、1869年(34歳)です。この年は、オーストリアの北部鉄道の会社が生まれて30年目を迎える記念年。お祝いの舞踏会のために、エドゥアルトは列車で旅するような音楽を作りました。曲は汽車が出発する合図から始まります。軽快に列車が進んでいく情景を描いた、わくわくするような音楽です。
ちなみに、「ポルカ」というのは舞曲の名前です。とても速い2拍子の音楽で、今から200年ほども前からボヘミア(現在のチェコ)で男女のカップルによって踊られているダンス・ミュージックです。
J.シュトラウスII世:ポルカ「観光列車」
続いて聴いていただくのは、エドゥアルトの兄、ヨハン・シュトラウスII世の作品です。すでにご紹介したとおり、彼は「ワルツの王」として名を馳せていました。シュトラウス兄弟が活躍していたころのウィーンでは舞踏会がさかんに開かれ、女性も男性も美しく着飾り、軽快なワルツやポルカにあわせて踊り明かしていました。大人気のシュトラウスII世は、次から次へと舞曲を作曲せねばならず、楽団を連れての演奏活動にも引っ張りだこ。大忙しの日々を送りました。さて、ポルカ「観光列車」は、1864年に開かれた産業協会の舞踏会のために作られた曲です。鉄道は当時の輝かしい産業のひとつ。ウィーンから田舎へと走る観光列車の姿に、人々は夢や憧れをいだいたことでしょう。エドゥアルトの「テープは切られた」と同様に、とても速いテンポで颯爽と列車が走る様子が描かれます。軽やかなピッコロやきらめくような鉄琴の響きに加え、鉄道ラッパも登場し、楽しい旅の情景が浮かぶような作品です。
ロンビ:コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ
今度はヨーロッパの北にある国、デンマークの蒸気機関車の旅に出かけましょう。作曲者のハンス・クリスチャン・ロンビ(1810~74)は、さきほどのシュトラウス親子と同じ時代に活躍したデンマーク人です。14歳の頃から軍楽隊でトランペットを吹いていたロンビは、29歳のときにウィーンのオーケストラが演奏するヨハン・シュトラウスI世の音楽を聴いて大感激。翌年には自分のオーケストラを指揮して、シュトラウスの作品を演奏しはじめました。さらには自分でもワルツ、ポルカ、ギャロップといった舞曲をたくさん作曲し、「北国のシュトラウス」と呼ばれるほど有名になりました。『コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ』は、デンマークの首都コペンハーゲンからロスキレという都市までを結ぶ鉄道が開通したお祝いに、1847年に書かれた作品です。
曲はのどかな序奏に始まります。ベルや汽笛の音が発車の合図を告げると、機関車はゆっくりと動き出し、元気に走る様子をティンパニのリズムが伝えます。やがて列車はスピードを落とし、目的地に到着します。
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」から 第4楽章
鉄道が大好きだった作曲家に、チェコの作曲家アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)がいます。彼の生まれた家や、通っていた教会のすぐ近くには村の駅舎がありました。蒸気機関車が身近な存在だったドヴォルザークは、鉄道が大好きな大人になりました。今で言う“鉄道オタク”や“鉄ちゃん”ですね。作曲家として活躍しはじめたころの30代、首都のプラハで暮らしていたドヴォルザークは、作曲の合間にプラハ駅へと散歩するのが毎日の楽しみでした。時刻表を丸ごと覚えてしまうほど、列車が到着したり出発したりする様子を熱心に眺めていたそうです。ドヴォルザークが51歳のとき(1892年)、ヨーロッパからアメリカ大陸へと渡ります。ニューヨークの音楽院の校長先生として招かれたのです。ニューヨークでも“鉄道オタク”の情熱が冷めることはありませんでした。やはり毎日のように駅に出かけては、シカゴへと走る特急列車の番号をメモしていたのだとか。
今日演奏される交響曲第9番「新世界より」は、そんなアメリカ時代(1893年)に書かれた作品です。「新世界」とは新大陸アメリカのこと。この作品はドヴォルザークがアメリカから故郷にむけたメッセージとも言われています。聴いていただく第4楽章の冒頭は、まるで機関車がゆっくりと動き出すように弦楽器のシ・ドという2つの音の繰り返しで始まります。徐々にスピードを増して走り出すと、ホルンとトランペットが高らかにインパクトのあるメロディーを歌い上げ、大陸の情景を描き出すように進んで行きます。
久石 譲:Castle in the Sky『天空の城ラピュタ』より
続いては空の情景へとまいりましょう。スタジオジブリの映画『天空の城ラピュタ』(1986年、宮崎駿監督)の音楽です。今日は作曲をした久石譲さん(1950~)が、トランペットとオーケストラによる協奏曲としてアレンジしたバージョンを聴いていただきます。映画の中に主人公の少年パズーが、日の出とともに爽やかにトランペットを吹き鳴らすシーンがあります。渓谷の空を白い鳩たちが飛んでいく美しい場面です。そこでパズーが吹いているのは「ハトと少年」という曲です。協奏曲の前半には、この曲がオーケストラの壮大な響きとともに奏でられます。そして後半は、映画のエンディングテーマ「君をのせて」が登場します。トランペットがゆったりと主題歌のメロディーを歌い上げ、リズミカルな変奏が続きます。ふたたび「ハトと少年」が聞こえ、主題歌のフレーズでゆったりと締めくくられます。天高く舞い上がるような音の情景をたっぷりと楽しんでください。
チャイコフスキー:スラブ行進曲
おしまいはヨーロッパの東、スラブの情景です。ロシアの作曲家チャイコフスキー(1840~93)によるこの行進曲は、ロシアに近いセルビア公国の人々が、トルコとの戦争で亡くなったことを悲しんで書かれたものです。同じスラブ民族の人々の死を悼み、わずか5日間で完成されたこの曲は、1876年の追悼チャリティー・コンサートで演奏されました。曲は悲しく重々しい葬送の行進で始まります。トルコ軍によって攻撃されたセルビアの様子を描いており、チャイコフスキーはここでセルビア民謡を用いました。やがて曲はすこし明るくなります。クラリネットとファゴットから田舎の舞曲のような、2つ目のセルビア民謡が始まります。さらに3つ目の民謡が登場し、曲は力強さを増していきます。ロシア軍がセルビアの応援に駆けつける様子が描かれ、最後はロシア帝国国歌「神よツァーリを護りたまえ」が鳴り響き、スラブ民族の輝かしい未来を宣言するかのように終わります。